イギリスに”ダンケルク・スピリット”という言葉があります。それは、不屈の闘志で立ち向かう精神を表します。
孤立した40万人の兵士を9日間で救出するという史上最大の撤退作戦”ダイナモ”。実際にダンケルクでロケをし、臨場感あるアクションに、時間との戦いを描くサスペンスに仕上がっています。
ダンケルクを”生き抜け!”
ダンケルクのネタバレあらすじ
第二次世界大戦初期のフランス最北部、ダンケルク。
ドイツ兵による四方八方からの銃撃からなんとか逃れたトミー(フィン・ホワイトヘッド)は、たったひとり、ダンケルクの浜まで歩きます。そこで、40万人もの兵士が(フランス軍とBEF)が救出の船舶を待って、長い列を作っているのを目にしました。
首相に就任したばかりのチャーチルの決断で、”ダイナモ作戦”が発動しています。遠浅の海岸に寄せることができる民間の小さな漁船やプレジャーボートまで動員する作戦ですが、到着はもう少し先になりそうでした。
トミーは、命を落とした仲間を埋葬しようとしている青年ギブソン(アナイリン・バーナード)から飲み水を少し分けてもらいました。けが人は優先的に乗船できることを知った二人は、倒れている兵士を担架に乗せ運びます。出航間際だった船にはぎりぎり間に合いませんでした。
次の船を待つ二人。
空からは容赦なくドイツ軍が爆撃します。
先ほど出航した船は転覆し、多くの兵士が海に投げ出されました。泳いできたアレックス(ハリー・スタイルズ)を助け、仲間が3人になりました。
次の船に乗り込み皆が安堵する中、ギブソンは嫌な胸騒ぎがして甲板に出たままです。すると、大きな魚雷が向かってきて船は爆発し、海に投げ出されました。再びダンケルクの海岸です。
もはや絶望と疲労しかありません。
そのころ小型船の船長ミスター・ドーソン(マーク・ライランス)は、息子のピーター(トム・グリン=カーニー)とその友人のジョージ(バリー・コーガン)と共に(たくさんの救命胴衣と共に)、ダンケルクに残された兵士を救出するために海に出ました。
目的地の近くで、転覆した船の生存者を救助しました。彼(キリアン・マーフィー)はショック状態で震えが止まりません。ダンケルクに向かっていることを告げると、血相を変え拒否し、もみ合いになりジョージを突き飛ばしてしまいました。
ジョージは頭を強打し、しばらくののち亡くなってしまいます。
また上空では、ドイツ空軍をなんとか食い止めようと、英国空軍のスピットファイアが3機、ダンケルクに向かっていました。
激しい交戦になり、1機また1機と撃墜されてしまいます。コリンズ(ジャック・ロウデン)は海に不時着し、通りかかったドーソンの船に救出されました。
ファリア(トム・ハーディー)は燃料計が故障してしまい、帰投のための燃料は残しておくようにという指示がありましたが、もうわからなくなってしまいました。
トミー、ギブソン、アレックスの3人は商船を見つけて、脱出の希望が湧きます。しかしやはりこの船も銃撃され、たくさんの穴から浸水してしまいます。トミーとアレックスは泳いで逃げることができましたが、ギブソンは遅れてしまい命を落とします(無口なギブソンは実はフランス兵でした)。
ダンケルク・スピリットを発揮して、故郷に帰ることはできるのでしょうか。
ダンケルクのラスト結末
空ではファリアが、トミーたちが撃沈される様子を見て、このまま飛び続けることを決めました。燃料がここで尽きてしまうことは覚悟の上です。
もはや帰る選択肢のなくなったファリアはダンケルクの浜辺に不時着し、スピットファイアを燃やし、ドイツ軍に降伏しました。
ダンケルクの海岸には、数えきれないほどの民間船が集まってきました。どの船も次々に兵士たちを救助していきます。
こうして多くの兵士たちが故郷に帰ることができました。
ラストで、「よく頑張った」と声をかけられたアレックスが「何もしていない。生き残っただけだ。」と言います。兵士たちは逃げ帰ったと非難されるのではないかと不安だったのです。しかし違いました。目にした新聞には兵士たちへの賛辞が書かれていました。
ダンケルクの感想
この映画は戦争の中の一つの作戦が描かれているのですが、戦争映画という括りに入れるのは難しいのではないかと思います。
クリストファー・ノーラン監督も、目を背けてしまう戦争映画は撮りたくなかったそうです。陸、海、空から見た、まさに時間との戦いを描く、どきどきするサスペンスタッチです。
敵はドイツ軍ですが、ドイツ軍はほぼ出てきません。イギリス兵をどう救出するか、それだけに絞られています。
当初フランス軍には海路の脱出命令が出されていませんでしたので、フランス人のギブソンは話せなかったのです。そのせいでドイツ人なのではないかと疑われもしました。
パイロットの潔さも見事でした。ファリアも無事に故郷に帰れていると良いのですが。
イギリスは島国で、中産階級(その中でも上位)の人々がセーリングを楽しむ習慣があったために、個人所有のプレジャーボートが多数存在したことが作戦の成功に大きく貢献しました。フランスやオランダ、ベルギーからも船が出て、約850隻もの戦艦が本作戦に参加したと伝えられています。
日本ではあまりなじみがありませんが、”ダンケルク・スピリット”誇り高いです。